ケーススタディ(一般論)

内縁の妻に全財産を遺贈する遺言があるときの遺留分
合意書だけで金銭を支払うと、贈与税を課されるおそれはあるか

遺留分を侵害された相続人に対し、
調停や内容証明郵便を使わず、当事者間の合意書で金銭を支払う場合の課税関係を、
贈与と認定される場面と、その避け方を中心に整理しました。

本ページは一般的な整理であり、個別の事案への当てはめは、
戸籍・遺言書・財産の資料を確認したうえで行う必要があります。
法令等は2026年10月16日時点で確認しています。

結論

先に結論

合意書で解決すること自体が、直ちに贈与と認定されるわけではないと考えられます。
相続税法32条1項3号は「遺留分侵害額の請求に基づき支払うべき金銭の額が確定したこと」を
更正の請求などの事由としており、確定の方法を裁判所の手続に限る文言はありません。
遺留分侵害額の請求は、受遺者への意思表示で足り、内容証明郵便も法律上は必須ではありません。

ただし、贈与税の認定リスクは残ります。
支払いが「遺留分侵害額の請求に基づく支払い」だと客観的に説明できない場合や、
遺留分侵害額を超える部分、遺留分のない方への支払い部分は、贈与とされるおそれがあります。
贈与とされると、受け取った相続人に贈与税がかかる一方で、
内縁の妻の相続税は減らないため、二重の負担になります。

リスクは、合意書の書き方と証拠の残し方で相当程度抑えられると見られます。
国税不服審判所の裁決は、課税上の分かれ目を「請求の意思表示」よりも「額の確定」に置いています。
合意書は、請求の事実と算定根拠、確定額をそろえて記載するのが肝心です。

質問ごとの答え

Q1
合意書だけで金銭を支払うと、相続人間の贈与と認定されるか合意書だけでは贈与になるとは限りません。
遺留分侵害額の請求に基づく支払いと認められれば、相続人は相続税の申告で足り、贈与税は課されません。
ただし、請求の事実や額の確定を説明できないと、贈与とされるリスクがあります。
Q2
金銭ではなく不動産などの財産で支払うとどうなるか金銭に代えて財産を渡すと、代物弁済として、内縁の妻に譲渡所得の課税が生じます。
受け取る相続人は、財産ではなく金銭を取得したものとして相続税の申告をします。
小規模宅地等の特例も使えません。

詳しい回答は詳細タブの1章へ

贈与と認定されやすい場面(一覧)

場面贈与と認定されるおそれ理由
合意書に請求の事実がなく、「解決金」「お見舞金」などの名目になっている高い請求に基づく支払いと説明できず、任意の贈与と見られやすい
遺留分侵害額を超えて支払う超過分が対象超えた部分は履行ではなく無償の移転になる
遺留分のない人(兄弟姉妹など)へ支払う高い遺留分の履行にならない
請求できる期間(1年、または相続開始から10年)が過ぎた後に支払う注意請求権が消滅した後の任意の支払いと見られやすい
請求していない権利者にも支払う注意請求のない者への支払いは履行と言いにくい
合意書に請求日・算定根拠・確定額があり、その額を支払う低い請求に基づく確定として整理できる

各場面の詳細は詳細タブの4章へ

課税関係の比較

区分請求に基づく確定と認められる場合贈与と認定された場合
受け取る相続人遺留分侵害額相当の金銭を取得したものとして、相続税の申告(期限後申告または修正申告)。贈与税はかからない受け取った額に贈与税。贈与者が直系尊属ではないため、一般税率で基礎控除は110万円
内縁の妻支払額だけ課税価格が減るので、更正の請求(確定を知った日の翌日から4か月以内)相続税は減らず、遺言どおりの課税が残る

手続上の注意

期限と申告の順序に注意
  • 申告期限(相続開始を知った日の翌日から10か月)までに額が確定しないときは、
    遺言どおりに内縁の妻が取得したものとして申告するのが基本です。
    確定した後に、更正の請求や期限後申告・修正申告で調整します。
  • 内縁の妻は、相続税で2割加算の対象になり、配偶者の税額軽減も使えません。
    婚姻の届出をしていない内縁の妻は、相続税法上の配偶者にあたらないためです。
  • 遺留分の請求ができる期間は、相続の開始と遺贈を知った時から1年です。
    相続開始から10年を過ぎても請求できなくなります。
    合意書を作る前に、この期間内か確認してください。
  • 遺言と異なる遺産分割として整理する案には、国税庁の明確な回答がありません。
    採用するなら、事前に税務署へ照会するのが確実です(詳細タブの6章)。

主な確認事項

  1. 相続人の範囲と遺留分の割合(子・直系尊属・兄弟姉妹の別、戸籍上の配偶者の有無)
  2. 相続開始日と、遺留分侵害を知った日(1年の期間内か)
  3. 支払うものは金銭か、不動産などの現物か
  4. 相続税の申告期限内に額が確定するか、確定後に調整するか
  5. 遺言執行者の有無と、遺言の有効性に争いがないか

確認事項の全件は詳細タブの11章へ

1 質問への回答(詳しく)

Q1 合意書だけで金銭を支払うと、相続人間の贈与と認定されるか

合意書だけで解決することが、そのまま贈与になるとは考えにくいと見られます。
理由は次の3点です。

したがって、請求に基づく支払いと整理できれば、
受け取る相続人は相続税の申告で足り、贈与税は課されません。

一方で、「遺言に従って一度財産を取得した内縁の妻が、
自分の財産から相続人へ無償で金銭を渡した」と見られると、
遺贈と贈与の2つの取引とされ、相続人に贈与税が課されます。
この分かれ目は、合意書の名目ではなく、請求に基づく支払いであること、遺留分侵害額が確定していることを
客観的に説明できるかどうかです。

贈与とされた場合の負担

受け取った相続人には贈与税がかかります。
贈与者が内縁の妻(直系尊属ではない者)なので、特例税率は使えず、一般税率で基礎控除は110万円です。
一方、内縁の妻の相続税は、遺言どおりの全額が課税されたままになり、減らす手段がありません。
つまり、同じ財産に相続税と贈与税の両方がかかる結果になります。

Q2 金銭ではなく不動産などの財産で支払うとどうなるか

遺留分侵害額の請求に対し、金銭に代えて財産を移転するのは、代物弁済にあたります。
内縁の妻は、消滅した債務の額に相当する価額で財産を譲渡したものとして、
譲渡所得の課税を受けます(所得税基本通達33-1の6)。
手元に現金が入らないのに、納税資金が必要になる点に注意が必要です。

受け取る相続人は、財産ではなく、遺留分侵害額に相当する金銭を取得したものとして、
相続税の申告をします。
そのため、受け取った宅地について小規模宅地等の特例は使えません(国税庁質疑応答事例)。

2 事例の前提

3 請求の方式と税務上の「確定」

民法上の整理

税務上の整理

国税不服審判所の裁決が示す分かれ目

旧法(遺留分減殺請求)下の裁決で、請求の意思表示がされていても、
受遺者が応じないときは、意思表示だけでは足りず、通常は判決や調停などで確定するまで、
請求がなかったものとして遺言どおりに課税するとしたものがあります。
そのうえで、確定すれば更正の請求や期限後申告・修正申告で是正するとしています。

受遺者が任意に請求どおり履行する場合や、合意で額が確定する場合は、この取扱いの外にあります。
つまり、課税上の分かれ目は「請求したか」だけでなく、「額が確定したか」にあります。
合意書は、その確定を示す文書として作る必要があります。

4 贈与と認定される場面と課税関係

次の場面は、請求に基づく履行とは言いにくく、贈与と認定されるおそれがあります。
なお、これらを直接明記した国税庁の公表例は確認できておらず、条文と通達の趣旨からの整理です。

場面課税関係の見通し
A 遺留分侵害額を超える支払い超えた部分は、内縁の妻から相続人への贈与(民法549条、相続税法9条の趣旨)。
内縁の妻の相続税は、超過分について減らせない。
B 遺留分のない人への支払い(兄弟姉妹など)遺留分に基づく債務の履行にならないため、原則として贈与。
遺言の有効性を争う人との和解金という構成でも、判決と同一の効力を持つ和解や調停でなければ、
相続税法施行令8条2項1号の事由に当たらないと考えられる。
C 請求の事実と額の確定を説明できない合意書が「贈与」「解決金」「お見舞金」といった名目だと、実質判断で贈与とされるおそれ。
立証は納税者側が行うことになる。
D 請求できる期間が過ぎた後の支払い請求権が消滅した後の任意の支払いと見られやすい。
1年の期間は、受遺者が時効を援用するかの問題もある。10年の期間は除斥期間とされる。
E 請求していない権利者への支払い請求のない者への支払いは、履行と言いにくい。
F 合意額が侵害額より少ない権利者が一部を請求しない扱いは、贈与になりにくいと見られる。
ただし、算定根拠と減額の合意を合意書に残しておくのが無難。
G 確定後に、内容を変えて再配分する国税局の文書回答に、遺留分の請求に基づく判決の後、その内容と異なる再配分をした事例で、
贈与や交換などの課税関係が生じるとしたものがある。
旧法下・判決後・親族間の事案で、局の見解にとどまる。
新法下の合意後にも同様に扱われる可能性が高いが、直接の明示はない。

5 現物(不動産など)で支払う場合

支払う側(内縁の妻)

受け取る側(相続人)

6 遺産分割として整理する案の検討

包括受遺者は、相続人と同一の権利義務を有します(民法990条)。
そのため、「内縁の妻を含めた全員の合意で、遺言と異なる分け方をする」構成が考えられます。
この構成が使えれば、遺留分の支払いとは違い、内縁の妻に譲渡所得が生じないなどの利点が出ます。

国税庁の質疑応答事例には、全遺産を相続人の一人に包括遺贈する遺言があったとき、
相続人全員の協議で遺言と異なる分割をしたことについて、
包括受遺者が包括遺贈を事実上放棄し、共同相続人間で遺産分割が行われたとみて差し支えなく、
原則として贈与税は課されないとしたものがあります。

内縁の妻にそのまま当てはめるのは慎重に
  • この回答は、包括受遺者が相続人としての権利義務を有していることを前提にしています。
    事実上放棄しても相続人の地位が残るので、遺産分割に参加できます。
  • 内縁の妻は相続人ではありません。
    「事実上の放棄」と構成すると、彼女に残る地位がなく、
    遺産が法定相続人に帰属したうえで、一部を内縁の妻が受け取る形になり、
    相続人から内縁の妻への贈与と見られるおそれもあります。
  • 包括遺贈の一部放棄は認められないとするのが通説です。
    遺言執行者がいる場合は、遺言の執行を妨げる行為が制限されます(民法1013条)。

したがって、この構成は「贈与税なしで整理できる余地がある」と言い切れません。
採用するなら、税務署への事前照会(文書回答手続)などで確認するのが確実です。
また、遺留分の合意と遺産分割の合意は、課税関係が大きく異なります。
合意書の上で、どちらの合意なのかを明確に区別する必要があります。

項目遺留分の請求に基づく整理遺産分割として整理する案
国税庁の明示あり(相続税法32条1項3号、質疑応答事例)内縁の妻の場合は明示なし
現物で渡す場合の内縁の妻代物弁済として譲渡所得課税課税されない可能性があるが、確認が必要
受け取る相続人の小規模宅地等の特例使えない現物を取得したと扱えれば、検討の余地がある
贈与と認定されるリスク請求と確定を説明できれば低い構成を誤ると逆の認定もありうる

7 申告期限と手続の流れ

内縁の妻の相続税の前提

流れ

  1. 申告期限(10か月)までに額が確定していない場合
    遺留分侵害額の請求に基づく額が未確定の間は、その事由がないものとして課税価格を計算する取扱いです(相続税法基本通達11の2-4)。
    包括遺贈の場合は、遺言どおりに内縁の妻が取得したものとして申告するのが基本になります。
  2. 額が確定したとき
    内縁の妻は、確定を知った日の翌日から4か月以内に更正の請求をします(相続税法32条1項3号)。
    遺留分権利者は、未申告なら期限後申告、申告済みなら修正申告をします。
  3. 職権による更正
    内縁の妻の更正の請求に基づき更正をしたときは、税務署長が、同じ被相続人から財産を取得した他の者についても、
    課税価格が異なるときなどに更正または決定をします(相続税法35条3項)。
    期間制限があるものの、相続人が申告せずに放置できる構造ではありません。同時期の申告が安全です。
  4. 申告期限前に額が確定した場合
    最初の申告から、遺留分侵害額を反映する選択肢があります。
    共同相続人と包括受遺者の全員の協議で、合理的な方法で計算した額を用います。
遺留分権利者の申告義務

遺留分権利者が、取得財産がなければ申告義務がないとは限りません。
相続時精算課税の適用を受けていた場合は、取得財産がなくても申告が必要になります(相続税法27条1項)。
また、被相続人からの過去の贈与は、遺留分の算定の基礎に加わり、相続税でも加算の対象になることがあります。

8 合意書の記載事項と残す証拠

合意書に記載する事項

  1. 被相続人、相続開始日、遺言の種類と日付、内縁の妻が包括受遺者であること
  2. 相続人の範囲(戸籍で確認した旨)、遺留分権利者と、各人の個別的遺留分の割合
  3. 「受遺者に対し、民法1046条1項の遺留分侵害額の請求を行った(または本合意書をもって行う)」旨、
    請求の日付と経緯
  4. 遺留分侵害額の算定根拠(財産の評価額、債務、生前贈与、計算式)と、確定した額
  5. 支払方法と期日。現物で払うなら、資産の特定、評価額、消滅する債務の額
  6. 本件の支払いが、遺留分侵害額請求に基づく金銭債務の履行であり、贈与ではない旨
  7. 権利者ごとの個別の確定額(各人の請求が期間内であること)
  8. 清算条項と、税務申告への協力(更正の請求・期限後申告・修正申告)
  9. 作成日付と署名押印(公証役場の確定日付を取ると、日付の真正性を示しやすい)

証拠として残すもの

内容証明郵便を送らないことの是非

内容証明郵便は法律上は必須ではありません。
送らなくても、合意書に請求の日付と方法を具体的に書き、通知書を1通残しておけば、請求の事実を示せます。
内容証明郵便は、到達の証拠や期間管理に強い一方で、関係が悪化するおそれがあります。
実質的な分かれ目は、送ったかどうかよりも、請求の事実、日付、額の確定を客観的に証明できるかです。

9 根拠条文・通達の整理

10 前提によるケース分け

前提扱い
相続人が子のみ総体の遺留分は2分の1。各人は、その2分の1を人数で分けた割合(特別受益などで調整)。
子がおらず、直系尊属のみ総体の遺留分は3分の1。祖父母が権利者の場合は、相続税で2割加算の対象になる。
戸籍上の配偶者がいる(内縁と称していても、法律上の婚姻が続いている)その配偶者が相続人であり、遺留分権利者になる。配偶者と子なら、配偶者4分の1・子4分の1(子が複数なら子分を人数で分ける)。
相続人が兄弟姉妹のみ遺留分はない。内縁の妻から兄弟姉妹への金銭は、贈与と整理される可能性が高い。
請求から1年、または相続開始から10年を過ぎている請求権が消滅している。任意の支払いは、贈与と見られやすい。
申告期限前に額が確定した最初の申告から、遺留分侵害額を反映する選択肢がある。
申告期限後に額が確定した内縁の妻は更正の請求、権利者は期限後申告または修正申告。
金銭で支払う支払う側に譲渡所得は生じない。ただし、原資のために財産を売却すれば、その売却には譲渡所得が生じる。
現物で支払う支払う側に譲渡所得(代物弁済)。受け取る側は金銭取得として相続税。
遺言執行者がいる遺言と異なる遺産分割の構成は、執行の妨げにならないかの確認が必要。
遺言の有効性そのものが争われる公序良俗などが問題になり得る。遺留分の整理とは別の検討になる。

11 確認事項の全件

  1. 相続人の範囲と、戸籍上の配偶者の有無
  2. 各権利者の個別的遺留分の割合
  3. 相続開始日と、遺留分を侵害する遺贈を知った日(1年の期間内か)
  4. 遺言の種類と日付、遺言執行者の有無、遺言の有効性に争いがないか
  5. 遺留分の算定の基礎となる財産(相続開始時の財産、生前贈与、債務)と、その評価
  6. 支払うものは、金銭か、不動産などの現物か
  7. 相続税の申告期限(10か月)までに額が確定するか
  8. 相続時精算課税を選択している権利者がいないか
  9. 内縁の妻が、原資の確保のために財産を売却する予定があるか
  10. 合意書に、請求の事実、算定根拠、確定額、支払方法を記載できているか

12 出典

主な出典(2026年10月16日確認)